2017年01月23日

子ども食堂

こんばんは。
先日、子ども食堂についてお聞きしてきました。
正確には子ども(が1人で入っても大丈夫な)食堂の意とのことですが。


結論から言うと場所があるって強いなって改めて思いました。
物理的な意味だけでなく、立場って意味でもポジションがあるから色々出来るんだなって。

私も早くそういうの身につけないといけないなって思いました。



さてさて、聞いてる中で思ったこと。
まずが発表者が使っていた『やっている』という言葉。
発表の場の中では仕方なかったとは思うのですが、子ども達を束縛しないようにという傍ら、見方を変えると

・子どもは「地域の宝」「守るべきもの」という考えを押し付けているだけにもなってしまうのではないか?
・実は大人の自慰行為・自己満足としてやっているだけにもなってしまうのではないか?
・だからこそ、せっかく素敵な活動しているのに仲間や賛同者が得られないという問題もあるのでは?

そんな風にも思っていました。
(かく言う自分の団体も仲間集めが全然出来ていないので自問自答な部分でもありますが。)

助けてやっているんだって上から目線ではなく子ども目線・相手目線の気持ちになり
「(心理的な)居場所」について考える事も大事なのではと私は思っています。





また聞いてる中で感じた事…昨今、偏食の子もいる中で
食べれないメニューの時は食べに来ないって選択肢もまぁアリだとは思った。

でも貧困の子を助けてあげたい!を売りとするなら様々なメニューを作ってあげた方が正しいのか?
それとも食わず嫌いを治す為、食材・命の大切さを知る為にも本日はこれ!ってメニューを食べてもらった方が良いのか?

そんなことを考えていました。
もちろんその背景には、貧しい子に食を恵んであげたいからを目的とするのか、
食事というものをツールにコミュニケーション・・・同じ釜の飯を食った仲を目的とするのか、
その辺ででも変わってくるのかなぁ・・・なんて思いました。


孤食と個食はそれぞれ意味も違う中で、食についても色々考えたりしています。



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Posted by 亞璃紗 at 21:00│Comments(0)日々の出来事
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